最新ラズパイ・ゼロと真空管アンプでハイエンド・オーディオを 第2部 その11 ES9038PROを採用

最新のD-Aコンバータを利用

 ラズパイは5ドルでしたから、それと価格的に釣り合うD-Aコンバータもたくさん入手できます。廉価なD-Aコンバータの多くはモバイル用です。電池を使う用途なので、単電源で動くものが大半です。

 第2部では、据え置き用に作られたD-Aコンバータを利用します。入手性や製作の困難さが上昇します。

 据え置き型オーディオ機器のD-Aコンバータは、最近、旭化成エレクトロニクスのAK449x、ESS社のES9038PROなどがハイエンドの機器に使われています。D-AコンバータICを使わないChord社の製品は、FPGAを使って、D-Aコンバータの内部と同じΔΣ変調器やFIRフィルタを実装しています(インタビュの内容から推測)。

 ES9038PROは前の世代のES9018を含めて、内部の構成は公開されていませんが、ΔΣ変調器をメインに構成されています。入力された信号はアップサンプリングされFIRフィルタを通りイメージを除去します。SN比を上げるために2次以上の高次のΔΣ変調器を使い、精度の必要なマルチビット構成をとっていると思われます。また信号にノイズを混入させるディザリングも実施されているようです。加えたノイズは、量子化ノイズの周期性を減少させます。混入したノイズは、最終的にはノイズ・シェーピングで高域に移動するので、フィルタで除去されます。

ES9038PROのキット

 自分でICをはんだ付けすることもできますが、コネクタと大きなコンデンサ以外はすでにはんだ付けされているキットがDIYINHKから出ています。一番の問題点が、組み立てマニュアルがないことです。ほかのボードとの接続方法も書かれていません。I2S/DSDインターフェース部分は同社のキットで共通化されているようなので、検索して過去のWeb記事を参考にすることもできます。

 ES9038PRO XMOS DSD DXD 768kHz USB DAC with Bit-perfect volume control and SPDIF input

 購入したのは、基板とES9038PROがはんだ付けされているボードのみです。同時に2ピン、3ピン、4ピンのJSTのコネクタも購入しておくべきでしたが忘れました。リード付きの電解コンデンサとフィルム・コンデンサ、コネクタをはんだ付けすると完成する基板キットです。XMOS基板と接続するためのピンヘッダは含まれていますが、使いませんでした。

 ハイレゾでは24ビットのPCMデータを扱います。最小のビットをLSBといいますが、このビットの値を再現するのは不可能です。LSBから4ビットぐらいはいつも揺らいだり、ノイズの影響で変化します。しかし、なるべく24ビットを全部利用するには、電源の変動やノイズはなくすることが大切です。

 キットのボードは、

  • ES9038PROディジタル回路用3.3V-500mA×1
  • ES9038PROアナログ回路用3.3V-200mA 左右一つずつ
  • ES9038PROクロック回路用3.3V-100mA×1
  • I-V回路用±12V-100mA

 合計6回路の電源を必要とします。リクロッカKALI用には5V-100mA、ラズパイ・ゼロ用に5V-1Aの電源が必要なので、合計8電源です。

 市販品では、今回の目的に合ったものがすべて入手できるとは限りません。一部ICを購入してはんだ付けして用意します。

電源の方針

 AC100Vからトランスを使って必要な電源を作ることもできますし、AC-DCアダプタを利用も可能です。3.3Vと5Vは普通に入手できます。±12Vは12V出力のAC-DCアダプタを2個使って2電源を構成できます。

 ラズパイの5Vは、ラズパイが動作したときに発生するノイズを電源側に戻してしまいます。なので、独立した電源を用意します。同じくES9038PROディジタル回路用も独立したほうがよいです。

 ノイズを除去するにはフィルタを使います。ノイズには2種類あります。

  • ノーマル・モード(ディファレンシャル・モード)
  • コモン・モード

 オシロスコープで観測できるのはディファレンシャル・モードです。通常、フィルタには、DC付近では抵抗を持たず、周波数が上がるほどインピーダンスの高くなるフェライト・コアが使われます。フェライト・コアは日本で発明されたもので、いろいろな特性や形状の製品がそろっています。スイッチング電源がより効率よく動作するためにも、重要なパーツの一つです。

 最近重要視されているのがコモン・モード・ノイズです。信号や電源は必ず2本のラインが使われるので、ノイズは両方のラインに乗ります。ラインをノイズが伝わっているうちに、アンバランスが生じ、その結果ディファレンシャル・ノイズに化けます。そのため、スイッチング電源などではコモン・モード・ノイズ・フィルタを必ず挿入します。

 フィルタで使われるフェライトの中で、アモビーズ(東芝)やファインメット(日立金属)のノイズ除去効果が著しいといわれています。もちろん、必要なノイズのレベルに対して、必要な減衰特性を持ったフィルタを設計するのがプロの仕事です。自由にパーツが入手できない電子工作では、効果の高い部品を使って、その性能を検証するしかありません。また、メーカの資料は、50Ωで測定されていますが、通常電源の出力インピーダンスは1Ω前後なので、データシートの値は目安でしかありません。

用意した電源

 8電源全部をLT3042で構成する予定で、ebayで200mA、400mA、1Aの電源を購入しました。組み上げた結果、いずれも正しい電圧が出ましたが、1Aモデルでは電流を90mA以上流すと電圧が低下して使えませんでした。回路が間違っているようです。したがって、ラズパイ用の5Vは普通の3端子レギュレータIC NJM7805(約1A)で、ES9038PROのDVCC 3.3V(400mA)はNJM2391DL1-33(1A)をユニバーサル基板に組み立てて利用しました。

 AC100Vから直流を得るためには一般には電源トランスで電圧を低くし、整流しますが、ファインメット・コアのフィルタを使ってノイズを少なくできるので、スイッチング電源を使いました。5V用(5Vと3.3Vに利用)を1台、12V用を2台用意しました(TDK lambda ZWS50BAF-5、ZWS50BAF-12)。いずれもPFC回路を内蔵した機種のため、50Wと容量は大きめです。

ノイズの低減

 ほとんどの電源で使われるコンデンサ入力方式では、1次側の電流を観測すると、鋭くとがった、正弦波とは似ても似つかない波形になっています。これは、コンデンサに充電されるときだけに電流が流れるためです。

 これでは、近傍にノイズをばらまくに違いありません。電力供給側からみれば、効率が悪い利用の仕方になるので、50W以上の電源では、なるべく正弦波の波形になるように力率を改善した回路を義務付けています(EU)。ここで採用したスイッチング電源の電流波形です。

 ちなみに真空管アンプで、整流管を利用したときの波形です。

 力率を改善するPFC回路によって、波形は改善されていますが、スペクトラムを見ると、規制された周波数帯域は少しノイズレベルが下がっていますが、高いほうにノイズをたくさんばらまいています。

 以上は1次側を、電流プローブで観測した波形でした。

 スイッチングン電源の出力では、次のスペクトラムが観測できました。

 次は、コモン・モード・フィルタを通した後のスペクトラムです。フィルタは、Xコンに0.1uF(630Vac)のフィルム・コンデンサ1個、Yコンには4700pF(2kVac)のセラミック・コンデンサ2個、秋月電子通商で購入したファインメット・コモンモード・コイルを使って構成しました。

 100kHzを超えるあたりから、ノイズが少なくなっています。

 最終的には、LT3042レギュレータによってノイズは次のようにほとんどなくなりました。60kHz付近の小さなノイズを除き、電流プローブに何も通さずに机の上に放置したときに観測できるノイズとほぼ同じです。

ノイズ低減の意味

 従来から電源回路自体をロー・ノイズにする方法が紹介されてきました。前項目で見たノイズ低減は、PSRRというデータシートに書かれている能力の一つです。3端子レギュレータに代表される古典的なレギュレータICでは、50/60Hzのハムを除去できればよかったので、低い周波数の出力インピーダンスは低くなっていました。下記のデータはLM317の出力インピーダンスです。10kHz付近までは、大変低いので、発生するノイズを抑制できます。測定データのうち200kHz以上は、正しい値ではありません。

 LT3042は、1MHzでもPSRRは70dBあります。次のデータでも、相当高い周波数まで出力インピーダンスが低く保てていることがわかります。

 次のオシロスコープによる波形は、3端子レギュレータの出力に電子負荷をつなぎ、急激に電流を変化(0Aと0.8Aとを約1.1kHzで切り替える)させたときのレスポンスです。

 このようなスパイク上の電圧変化は、NF回路を含むレギュレータICでは避けて通れません。しかし、LT3042のように高い周波数までPSRRが維持できるICでは、スパイクは最小限に抑えられると思われます。

 今回利用した基板では、基板につないだ内側に、さらにLDOによるレギュレータICがあり、その出力はES9038PROの電源端子まで最小限の距離で配線されています。また、4層うち1層は全面グラウンドであるため、電源で発生するノイズは少ないと予想されます。

 このスパイク状のノイズは多くの周波数成分を含んでいるので、数十pFから数uFの複数のコンデンサを並列につないで、ノイズ対策、レスポインスの向上を図ることがあります。しかし、コンデンサだけで不要なノイズを除去できるわけでもありません。したがって、ディジタル、アナログの左右、発振器、I/V変換回路の左右を全部分離することで、発生したノイズがほかの回路に影響を与えないようにしたのが今回利用したDACボードといえます。

 しかし、それぞれ、勝手に電源を用意するので、ノイズやレスポンスの改善には限界があります。試作を繰り返し、1枚の基板の上に実装したメーカの製品レベルの性能は出ないでしょう。